成年後見制度の利用を促進するために、2016年5月に「成年後見制度利用促進法」が施行されました。
この法律は、『成年後見制度の利用の促進について、その基本理念を定め、国の責務等を明らかにし、基本方針その他の基本となる事項を定めるとともに、「成年後見制度利用促進会議」及び「成年後見制度利用促進委員会」を設置すること等により、成年後見制度の利用の促進に関する施策を総合的かつ計画的に推進すること』が目的となっています。
そもそも成年後見制度は、2000年4月に介護保険制度と同時にスタートしました。
ところが成年後見制度が開始されて16年が経ちましたが、その利用は進んでいません。さらには、地域による制度の利用の格差も出ています。成年後見制度が判断能力の不十分な方などを支える重要な手段であるにもかかわらず、制度の利用が必要な方々に十分に行き届いていないという問題があります。
そこで成年後見制度利用促進法が施行され、利用促進会議は、総理大臣を会長とし官房長官や関係省庁の大臣で構成されており、一方、「利用促進委員会」は、有識者により組織され、基本計画案の調査審議、施策に関する重要事項の調査審議、内閣総理大臣等への建議等を行うことになっています。
利用促進委員会は、内閣府において、大森 彌 東京大学名誉教授を委員長に有識者らにより、2016年9月23日の第一回委員会を皮切りに、計13回開催されました。金原和也がこれを傍聴しレポートいたします。
利用促進委員会においては、二つのワーキング・グループ(以下、WG)が設置されました。
一つは、「利用促進 WG」です。このWGの目的は、「保佐・補助、任意後見の利用が進まない、関係機関の連携が進まない要因を検討、それを踏まえ、利用促進(保佐・補助、任意後見)、市民後見人の育成・確保、関係機関の連携確保などを検討」とされました。
もう一つは、「不正防止WG」です。このWGの目的は、「どのような不正がなぜ生じているか検討、それを踏まえ、不正防止対策、関係機関の体制強化などを検討」とされました。
東京家庭裁判所の後見センター裁判官の日景判事が「東京家裁後見センターの実情」という内容で、家庭裁判所の現状が説明されました。今まで、家庭裁判所の内部の実情等については、あまり知られることがなく、筆者も非常に興味のあるところでした。
日景判事の説明によれば、東京家庭裁判所においては、後見センターで事件を担当している裁判官は、3名、書記官は37名とのこと。また、現在、東京家庭裁判所で管理している事件は、約1万7,000件とのことで、裁判官一人当たり約5,700件を担当していること、書記官は一人当たり約460件を担当している状況とのことでした。
後見監督の主体は裁判官ですが、書記官はその補助として年1回、後見人から提出される定期報告書の第1次的な審査、関係機関や専門職団体との連絡、さらには後見人や親族からの相談対応など、極めて多岐にわたり、多忙な状況にあることが報告されました。
特に後見人や親族から家庭裁判所後見センターに寄せられる相談には、実際にあった相談として、
①本人の孫の結婚祝い金として、本人の財産からいくら出していいですか?
②本人用にどの介護用ベッドを購入すべきか悩んでいます。どちらのベッドを購入したらいいですか?
③本人のお見舞いのために遠方から来た親戚の交通費をどれくらい本人の財産から出していいですか?
④この施設に本人を入所させたいのですが、いいですか?
というようなものがあるとのことです。
法律的な判断ないしはそれに関連する判断とは言えないような相談例が多数あるとのことです。また、こういった相談例に対する判断においては、本人の意思の尊重が前提であり、当然考慮することが求められるものの裁判所が本人の意思や本人の生活の実情などを正確に把握することには現状の人的リソースの面からも非常に困難な状況にあるようです。
家庭裁判所としては、従来、財産管理を中心に行ってきたが、身上保護(監護)の重要性は十分に認識しているとのことでした。
また、立命館大学の大垣尚司教授からは、特に「成年後見人の濫用からの保護については、「信託」の利用は不要」、「被後見人ファースト」で考えると後見制度支援信託しか準備されていない状況は、早期に改善の必要があること。また、信託銀行以外のメガバンクや地方銀行、信金等の金融機関においては、後見制度支援信託に代替できるような方策も工夫をすれば十分に可能であるのにも関わらず、金融機関のやる気や意識が低いことが問題であるということを鋭く指摘されていました。
金融機関が後見制度支援信託と同様のスキームで、多少の工夫をすれば、信託銀行以外の定期預金でも十分に代替可能であり、法的にも技術的にも信託の利用が必須である理由にはならないとの指摘でした。
以降からは、これまでの「利用促進WG」「不正防止WG」で意見交換、議論されてきたことを踏まえて、成年後見制度の利用促進策の強化が必要な場面、場面ごとの解決すべき課題ということについて、7つの場面を設定して、課題を整理していくこととなりました。
『場面1: 利用者・関係者への制度紹介・情報提供』
「まず、制度を知っていただくことが重要」
これについては、成年後見制度が知られていない、保佐・補助、任意後見といった選択肢があることについても知られていない。また、制度のイメージも悪い。そういった中で、身内の助けも得られないなど、どうにもならない状況になって、初めて仕方なく制度を使う人が多いという現状があります。
介護保険制度と車の両輪として開始された成年後見制度ですが、金融機関との取引、不動産処分等の財産管理についての問題により、成年後見制度の利用のきっかけが一番多いこととなっていることに違和感があります。
本来は、ご本人の支援者として近い存在である医療・介護・福祉関係者からの制度の利用提案や説明があり、きちんと介護サービス等の利用に当たって、契約ができることが重要なはずです。
しかし、現状は、残念ながら成年後見制度をよく理解していない医療・介護・福祉関係者は多いのが現状です。お金持ちの人の財産管理のための制度であるとか、独居で身寄りのない方の制度であるというように誤解をしている関係者も多いのが現状です。
これらの医療・介護・福祉に携わる方々には、まずもって、成年後見制度に関する知識を十分に得ていただきたいと願っています。
『場面2: 早期の段階からの権利擁護支援の検討開始』
親族などが気軽に相談できる相談機関が少ないという現状があります。市区町村役場に相談に行っても、成年後見に関する窓口がない場合がほとんどで、また、権利擁護の一端を担う地域包括支援センターにおいても、せいぜい地元の弁護士会や司法書士会等を紹介して終わりというケースを筆者もよく見聞きします。
また、認知症高齢者の経済的虐待など、権利擁護の必要な人は自らSOSを発せられない人が多く、そのようなニーズをキャッチして、情報を専門機関につなぐ機能を果たせていないケースが多いということも今回の場面整理においても提示されました。
『場面3: 成年後見制度利用に向けた利用者ニーズの見極め』(利用者の意思決定支援と、成年後見等実施機関による検討)
多機関参加によるニーズの精査と支援の方向性の検討。
それぞれの相談機関等に情報があっても、それが集約されず、適切な支援に繋がっていないのではないかという指摘があります。
『場面4: 本人・親族申立の支援及び市区町村長申立を適切に行える体制の整備』
顕在化させたニーズに対応できる体制整備が必要。
地域において、成年後見制度利用促進の社会的ネットワークを構築するとともに、その中核を担う機関を設置し、相談対応、市民・親族後見人等の教育・研修・サポート、地域の専門職団体等との連携、後見人候補者の調整、後見開始後の支援等を行わせるべきではないか。つまり、成年後見、権利擁護に関するワンストップの機関の必要性が指摘されました。
特に、そうした中核を担う機関の設置・運営には、何らかの形で行政が責任を負うべきではないかということです。これについては、市区町村等の住民に一番密接な自治体が、様々な住民に関する情報(例えば、要介護認定、障害認定、課税状況等々)を持っており、被後見人等の生活レベル向上に繋がるような支援をしていく上で、財産状況(横領等不正のチェック)の監督が欠かせないが、個人情報保護との関係から、行政が関与して、責任を持つことが必要であるということが指摘されました。
『場面5: 後見等開始に向けた本格調整及び申立の実施』
各地域において、社会的ネットワークやその中核となる機関を中心として、後見等の開始に向けた本格調整や申立支援を実施していくべきではないか。
『場面6: 後見等開始後の継続的な支援』後見開始後の適切なアフターケア(特に、本人・親族・市民後見人)
後見開始後も、親族後見人や市民後見人等が日常的な相談や支援が得られる体制を整備するとともに、専門職を含めた様々な主体が支援に関わり、本人や親族の状況変化や意向に沿って後見制度が運用されるよう、家庭裁判所と地域のネットワークが連携・協働する仕組みを作るべきではないか。
『場面7: 後見等の不正防止』
地域のネットワークやその中核となる機関に、何らかの後見人等の監督機能を担わせ、不正の兆候や不正の事実を裁判所に報告する仕組みを作っていくべきではないか。
監督機能を発揮するためには、本人に関する多様な情報を有していることが不可欠です。『場面4』でも述べましたが、中核を担う機関に行政が関与しない場合には、個人情報保護の関係から監督に限界があるのではないかということです。
また、成年後見制度支援信託以外の不正防止のための金融商品の開発・普及が必要ではないかということがあげられました。
また、委員会においては、次のような議論も交わされました。
「意思決定支援」(認知症や障害のある人の意思決定を支える)の重要性が指摘されているが、意思決定支援があれば、「成年後見制度」は不要なのか。これについては、やはりケースごとに異なり、やはり成年後見制度は必要な制度であるというそもそも論の議論がありました。
現行の成年後見制度において、民法858条に規定されていることは、意思決定支援について明記されているはずであり、同意権の行使については、本人との共同を前提として支援することが求められ、そのような後見人としての対応、姿勢が前提であるはずです。
第858条
成年後見人は、成年被後見人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。
現在の成年後見制度の始まりが、禁治産・準禁治産制度を起源としたものであることから、財産管理を中心とした考え方が未だに中心となっていることが大きな問題です。
福祉サービス等の契約についても、身上監護ではなく、財産管理の一環として捉えられてきている経緯があります。財産管理と法律行為を前提とした従来の考え方からの転換が必要であり、成年後見制度が「福祉の制度」であるとして明確に位置付けられる必要があると言えます。
「意思決定支援」については、対象者別(知的障害、精神障害、認知症等)、対象年齢別(若年者、高齢者)に意思決定支援マニュアルを作成することに取り組んでいく必要性が確認されました。
法定後見制度においては、申立時の医師による「診断書」によって、後見開始等の判断、類型の判断が実質的に決定されている。「診断書」が鍵を握っているといっても過言ではないが、診断書の主な記載内容が、「財産管理」の必要性の有無が中心となっており、本人の意思、詳細な判断能力の把握には至っていないのではないかという批判があります。
例えば、判断能力が低下した方であっても、100万円の貨幣価値については理解や判断に不安があるが、日常の買い物はできるといった個別的な判断能力の評価については、現行の診断書様式においては無視されているといってよい状況です。
このため、軽度の知的障害者の場合でも、一律に「財産管理ができない」ということから、「補助」「保佐」ではなく、すべて「後見類型」に該当する傾向があります。
成年後見の診断書、鑑定に詳しい精神科の医師委員からは、診断書の形式を簡便化すれば、医師の側から成年後見制度の利用促進に繋がるものではないとのコメントがありました。
例えば、財産管理が「できる」「その中間」「できない」といった簡単なチェック方式のものであればあるほど、却って診断書の作成に躊躇する医師が増えるだけではないか、また、医師のモチベーションも上がらないため、制度の利用促進には結びつかないとのことです。
これについては、最高裁判所からは、今回の委員会において指摘を受けて、医師の「診断書 作成の手引き」、「鑑定書」のフォーマットを改訂する方向で検討を開始することが明言されています。
また、京都府立医科大学大学院精神機能病態学教授の成本迅氏は、「専門医以外でも作成しやすい全国統一様式の成年後見用診断書が必要」とし、その試案を第35回日本認知症学会(2016年12月1〜3日開催)で紹介しております。
この試案においては、財産管理能力、日常生活能力、認識についての記載がシンプルとなっていて、
例えば、財産管理能力については ①日常的に必要な買い物ができない ②銀行でお金を引き出すことができない ③借金をしたり、株の売買や土地取引で損得の判断ができなかったりする ④財産管理能力に問題はない――のいずれかを選択するようになっています。
さらには、患者自身の認識も重要な情報と捉えており、”財産管理や日常生活に不安があると訴えている”というチェック項目もあります。
全国知事会、全国市長会から意見を聴取しました。
全国市長会からの意見としては、「都市自治体の置かれている状況は、人口規模、地域特性など多様であり、国の策定する基本計画において、全ての市町村への相談窓口の設置や後見実施機関の設置を義務付けることについては、地方分権の観点に立って、慎重に検討すべきである」というものです。
また、成年後見制度の利用促進については、市町村においては、「鋭意、成年後見制度利用支援事業等に取り組んでいるが、厳しい財政事情にあり、人材の確保等の課題を抱えている」ことから、「国は、成年後見制度の更なる利用促進を図るのであれば、新たな義務付けを行うのではなく、市町村に対する支援を拡充すべき」とし、「制度の普及啓発、担い手の育成と活用等に対し、地域の実情に応じた十分な財政措置を講じるとともに、必要な支援措置を講じるべき」であるとして、さらに「市町村の事務負担についても配慮する必要がある」というものです。
特に全国市長会の意見の中で、「全ての市町村への相談窓口の設置」、「後見実施機関の設置」を義務付けることについては、『慎重に検討すべき』という文言は、強制力をもたない「努力義務」に留めるよう求めている非常に消極的な姿勢を示したものであると言えます。
委員会の中においても、大森委員長からも「「慎重に検討すべき」だということだが、やるなという意味でしょう。義務づけるなという意味でしょう、はっきり言えば」との鋭い指摘がされました。
今後、成年後見制度を必要とする人が増加していくことは確実であり、地域で支えていく必要がある。そのためには、住民に一番近い存在である市区町村の役割は絶対に不可欠であり、市区町村の取り組みの意欲と意識にかかっているといえます。
どこの自治体も財政に余裕のない中で、現在、成年後見に積極的に取り組んでいるいくつかの自治体も同様、決して財政に余裕があるわけではありません。要は自治体の意欲、やる気にかかっているといってもよく、さらに言えば、担当者の意識にもよるところが大きいと思われます。
利用促進委員会での議論を経て、2017年1月13日付にて「成年後見制度利用促進基本計画に盛り込むべき事項についての成年後見制度利用促進委員会の意見について」(※1)に対して、国民から意見を募集する、いわゆるパブリック・コメントの募集が開始されました。寄せられた意見は、366件(うち、個人166件、団体200件)でした。
2017年3月24日に「成年後見制度利用促進基本計画」が正式に閣議決定されて、同日付で都道府県知事宛に「成年後見制度利用促進基本計画」の策定についての通知がなされています。
まずは、各市区町村における成年後見制度利用のニーズ把握の方法の検討及び地域の専門職との連携の在り方(地域にどのような専門職がどのくらい存在するのか、その専門職とどのように連携をとって「協議会」を作っていくか、家庭裁判所との連携はどのように図るのか等)などの検討が開始されています。
利用促進委員会においては、この他にも大きなテーマである後見人による医療同意の問題、被後見人、被保佐人の権利制限に係る措置の見直し、死後事務の範囲等について、さらには任意後見制度の問題点(特に、移行型契約における委任契約期間中の不正防止)等、積み残しも沢山あります。
今後は、厚生労働省を中心として、新たに関係行政機関で組織する成年後見制度利用促進会議及び有識者で組織する成年後見制度利用促進専門家会議を設けることが利用促進法においても規定されており、更なる検討が行われる予定です。
成年後見制度利用促進基本計画(クリックするとpdfファイルが開きます)
どこで生活していても、あまねく全国において成年後見制度を必要とする人に必要な支援が届くこと、そして、何よりも利用者がメリットを実感できる制度、そして運用へと改善していくことが求められているといえます。